REQUIEM
REQUIEM/People/ごとう しょうじろう
後藤象二郎の肖像写真
明治時代

幕末 · 土佐藩参政 → 明治政府の官僚・実業家

土佐の策士

後藤象二郎

ごとう しょうじろう

土佐藩の上士にして、かつて脱藩者・坂本龍馬を討とうとした男。だが龍馬の構想に惹かれ、最大の後援者に転じた。大政奉還の建白書を藩主に取り次ぎ、無血革命を実現した仕掛け人。

Summary · 概要

どんな人だったか

後藤象二郎は、土佐藩の上士(上級武士)の家に生まれた、純血の貴族的武士だ。身分制が厳格な土佐藩で、郷士・庄屋出身の龍馬とは本来、対等に話せる立場ですらなかった。

若い頃は吉田東洋(土佐藩の改革派)の腹心として藩政改革を進めた。龍馬ら尊攘派が東洋を暗殺した時は、その下手人を追う側だった。龍馬は「脱藩者」として、象二郎に追われる立場だった。

だが、1867年初頭、長崎で龍馬と再会したとき、象二郎は変わる。龍馬の描く新しい日本の青写真——船中八策——に深く感銘を受け、最大の後援者となった。大政奉還の建白書を藩主・山内容堂に取り次ぎ、無血革命を実現した。維新後は明治政府の官僚・実業家として活躍し、59歳で没した。

Life Timeline · 生涯の道のり

後藤象二郎
年代で追う

  1. 1838年0歳

    土佐・高知城下で誕生

    土佐藩士・後藤正晴の長男として生まれる。家は上士で身分が高く、郷士の龍馬とは本来、同じ空間を共有できないほどの階級差があった。

  2. 1850年代10代後半

    吉田東洋の門下に

    土佐藩の改革派・吉田東洋に師事。藩政改革の若きエースとして頭角を現す。

  3. 1862年24歳

    吉田東洋暗殺

    武市半平太が率いる土佐勤王党が、象二郎の師・吉田東洋を暗殺。象二郎は以後、勤王党を敵視するようになった。

  4. 1863年25歳

    坂本龍馬の脱藩

    龍馬が土佐を脱藩する。象二郎は藩の側として、脱藩者を取り締まる立場だった。この時点では龍馬と象二郎は敵同士だった。

  5. 1864年26歳

    藩政に参画、参政に

    若くして藩政の中枢に参画。藩主・山内容堂の信頼厚く、藩の改革を推進した。

  6. 1867年1月29歳

    長崎で龍馬と再会、和解

    長崎で龍馬と再会。かつての「敵同士」が、話し合いの中で意気投合する。龍馬の海援隊を藩の後ろ盾で支援し始める。

  7. 1867年6月29歳

    船中八策——夕顔丸での起草

    藩船「夕顔丸」で長崎から京都へ向かう航海中、龍馬が口述した新政府構想「船中八策」を、象二郎が聞き取る。以後、象二郎はこれを藩主に取り次ぐ計画を立てる。

  8. 1867年10月29歳

    山内容堂に大政奉還の建白書を提出

    船中八策を基に大政奉還建白書を作成。藩主・山内容堂(山内豊信)を通じて、将軍・徳川慶喜に提出した。

  9. 1867年10月14日29歳

    大政奉還実現

    慶喜が大政を奉還。無血で幕府体制が終わった、日本史上稀有な政治変革。象二郎はその影の立役者の一人。

  10. 1867年11月15日29歳

    龍馬の死

    近江屋で龍馬が暗殺される。象二郎は深い衝撃を受けた。盟友にして、同時にライバル——その両義的な感情が、象二郎の後年の心に残り続けた。

  11. 1868年30歳

    戊辰戦争と新政府への参画

    土佐藩として官軍に加わり、新政府樹立に貢献。維新後は新政府の中核を担うメンバーとなる。

  12. 1873年35歳

    征韓論で下野、後に政界復帰

    西郷隆盛らと共に征韓論を主張して敗れ、下野。だが後に復帰し、自由民権運動や鉄道敷設など幅広く活動した。

  13. 1897年8月4日59歳

    東京で没す

    晩年は実業家として幅広い事業に関わった。59歳で没した。死の時まで、龍馬の遺志をどう自分が継いだか、自問し続けていたかもしれない。

Personality · 人物像

どんな人柄だったか

象二郎の性格は、一言で言えば「華やかな策士」だ。土佐藩の上士という恵まれた出自、明晰な頭脳、派手な衣装を好む外見。自己顕示欲が強く、成果を人一倍アピールした。

だが同時に、状況判断の速さと柔軟性は突出していた。龍馬を「脱藩者」として敵視していた時期から、「新時代の設計者」として支援する側に、半年足らずで転じた。このスイッチの速さが、大政奉還を実現させた。

龍馬との関係は複雑だった。自分より低い身分だった男が、日本の未来を設計する構想を持っていた——それを支援するにしても、完全に対等ではいられなかったはず。「龍馬に先を越された」「龍馬の後光で自分も輝きたい」——そんな相反する感情が、象二郎の中に渦巻いていた可能性がある。

Anecdotes · 逸話

語り継がれる場面

No. 01

長崎での龍馬との再会——「敵」から「盟友」へ

1867年初頭、長崎で象二郎と龍馬は再会する。かつて象二郎は、龍馬を「脱藩者」として追う立場だった。龍馬も、象二郎を「師・東洋を殺した勤王党の敵」と見ていた。

だが、話してみると——。象二郎は龍馬の世界観の大きさに驚いた。貿易、海軍、新政府、議会政治——土佐藩の枠を超えた発想。

一方、龍馬は象二郎の実行力と政治的地位に目をつけた。自分の構想を実現するには、藩の後ろ盾が必要。象二郎はその鍵だった。

数日の話し合いで、二人は盟友になった。象二郎は龍馬の脱藩罪を事実上放免し、海援隊を土佐藩の公認組織とした。龍馬は象二郎を通じて、藩の後ろ盾を得た。

「利用し合う同志」。それが二人の関係の本質だったのかもしれない。

No. 02

船中八策——夕顔丸の航海

1867年6月、象二郎と龍馬は藩船「夕顔丸」で長崎から京都へ向かっていた。

船中、龍馬が新政府構想を口述した——「船中八策」。

1. 天下の政権を朝廷に奉還し、政令は朝廷より出づべし(大政奉還) 2. 上下の議政局を設け、万機公論に決すべし(議会設置) 3. 公家・諸侯の有能の士を顧問とし、爵を賜う 4. 外国の交際は、広く公議を採り、新たに至当の規約を立つべし 5. 古来の律令を折衷し、新たに無窮の大典を選定すべし(憲法) 6. 海軍よろしく拡張すべし 7. 御親兵を置き、帝都を守衛せしむべし(陸軍) 8. 金銀物貨よろしく外国と平均の法を設けべし

この内容が、明治新政府の骨格となった。龍馬の構想を聞き取り、それを公式文書の「大政奉還建白書」に仕立て上げたのは、象二郎の実務能力だった。

No. 03

山内容堂への建白——無血革命の仕掛け

1867年10月、象二郎は藩主・山内容堂(山内豊信)に大政奉還建白書を提出した。

容堂は酒豪で知られる風流人だったが、政治家としても優秀だった。象二郎の建白を理解し、将軍徳川慶喜に取り次ぐ決断をした。

10月14日、慶喜が大政奉還を宣言。戦わずに幕府が終わった——日本史上稀有な政治変革。

象二郎はこの栄誉を、生涯誇り続けた。維新後、彼は自らを「大政奉還の立案者」として宣伝する傾向があった。

龍馬は死に、象二郎は生き残った。龍馬の構想を世に広めたのは、他ならぬ象二郎だった——その事実が、龍馬の名声と重なりながら、象二郎の人生を形作った。

No. 04

近江屋事件前夜——「盟友の死は損か、得か」

象二郎と龍馬の関係は、純粋な友情だけではなかった。龍馬が大政奉還の功績で、維新後の新政府の中枢に座る可能性があった。そうなれば、象二郎の地位は相対的に低下する。

龍馬の死後、事実として「大政奉還の立案者」の栄誉は象二郎のものになった。新政府では、龍馬が生きていたらもっと注目されたであろうポジションに、象二郎が座った。

客観的事実として、龍馬の死は象二郎の政治的地位を上げた。だからといって、象二郎が暗殺に関与したわけではない。だが動機としての「嫉妬・利害」は、確かに存在した。

さらに、龍馬暗殺の前、藩の会合で龍馬の居場所を不用意に口にしたという噂もある。意図的な情報漏洩だったのか、ただの不注意だったのか。

「盟友の死は、あなたにとって損か、得か」——REQUIEM Vol.2の象二郎役のキャッチコピーが、史実の本質を突いている。

Relationships · 関わった人々

人は、人との関係で動く

坂本龍馬

脱藩者→盟友→ライバル

かつての敵対者から最大の後援者に転じた複雑な関係。船中八策と大政奉還で共に歴史を動かしたが、龍馬の死で象二郎は最大の功労者となった。

詳しく

山内容堂(豊信)

主君・土佐藩主

「酒人」として知られるが、政治眼は確かだった藩主。象二郎の建白を理解し、大政奉還を慶喜に取り次がせた。

吉田東洋

恩師

土佐藩の改革派の中心人物。象二郎の若き日の師であり、勤王党に暗殺された。象二郎の龍馬ら勤王党への敵意の原点。

中岡慎太郎

同じ土佐出身だが対立

同じ土佐出身の志士だが、象二郎とは身分も立場も異なる。武力倒幕派の中岡と、大政奉還派の象二郎は、方針で対立した。

詳しく

Related Cases · 関わる事件

REQUIEMで後藤象二郎に会う

Further Reading · もっと知る

学びを深める参考資料

ここで紹介する本をきっかけに、後藤象二郎の世界をさらに深く訪ねてみてください。

  • 01

    後藤象二郎 明治維新の華やかな裏方

    宮地佐一郎 · 書籍

    象二郎の評伝。龍馬との関係性、大政奉還への道のりが詳しい。

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  • 02

    幕末土佐の政争

    平尾道雄 · 書籍

    土佐藩内の派閥抗争、象二郎と勤王党の対立を詳述。

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  • 03

    大政奉還と倒幕運動

    家近良樹 · 書籍

    大政奉還に至る政治プロセスを解説。象二郎の役割の重要性が理解できる。

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Image Credit · 画像出典

後藤象二郎・肖像写真·明治時代·Public Domain·Wikimedia Commons